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生殖技術について・再考

http://notyet-goeasy.blogspot.com/2008/05/reproductive-technology.html

上記アドレスのコメント欄をもとに生殖技術についてもう一度少しずつ考えてみたいと思います。難しい問題ですが、ディベートの題材としても面白いように思います。

生殖技術と一口に言っても、人工授精・代理母等その内容は様々です。今回は、自然な妊娠が可能であるにも関らず精子バンクを利用して出産することについての賛否について書きたいと思います。

この方法によって産まれた子供のうち、おそらく最も有名なのがIQ180の天才児、ドロンではないでしょうか。彼は、日本のテレビでも何度かとりあげられているので名前を知っている方も少なくないかもしれません。

ドロンの母親は、優秀な遺伝子を残すためノーベル賞受賞者の精子を精子バンクで手に入れ、ドロンを出産しました。彼女の期待通り、ドロンは高いIQを持って産まれ、成長し、当然のようにハーバードを卒業しました。ドロンの母親はそれにとても満足しています。しかし、母親とは対照的にドロン自身は、自分の出生について悩み、苦しんできました。20代になる現在も自分の出生や母親の話になると悲しみに満ちた表情でインタビューに応えているドロンの姿は、とても印象深いものでした。しかし、母親はそれを意に介する様子もなく平然とこう言います。「犬のブリーダーだって優秀な遺伝子を選ぶ」と。

こうしたドロンの母親の姿に反感をおぼえる人は多いと思います。私自身も苦しむドロンをよそに満足気にインタビューに答える母親に対しては複雑な感情を持ちます。

しかし、それでも私は、自然出産の可能な女性が精子バンクを利用することに問題があるとは思えません。なぜなら、それがいわゆる「お見合い」となんら異ならないように思えるからです。男女の仲をとりもつ結婚相談所等にはいい条件のそろった男性が多数登録されており、こうした業者を利用する女性もまた多数存在します。女性たちは少しでも条件のよい優秀な男性と結ばれることが、自分と自分の将来の子供の幸せと信じてこうした業者を利用するのではないのでしょうか。それがたとえ見栄であろうと倫理的な問題を含むものでしょうか。また、そこには愛のある結婚もあれば、愛のない結婚もあるでしょう。しかし、そこに愛情があろうとなかろうとそれは非難されるべきものなのでしょうか。日本には結婚を就職先とみなすほどドライな結婚観も一般的であるのに?精子バンクの利用を女性の見栄とエゴとして反対の意見の方に対しては、こうした結婚相談所等にも反対なのかをお尋ねしたいのです。

もちろん、精子バンクと結婚相談所とでは父親の有無という大きな違いが存在します。精子バンクの利用は子供から父親をとりあげるという意見もあるでしょう。では、子供をもちながら離婚を選択することは倫理的に非難されるべきことでしょうか。結婚をせずシングルマザーとして子供を産むことはどうでしょう。子供はもともと自分の出生を選択することはできません。もし、子供自身が自分は不幸な身の上に産まれてきたと考え、苦しむのならそれは子供自身の問題であり、子供自身が選択した生き方であると言えるのではないでしょうか。自分の身の上を幸せなものにするのか、不幸せなものにするのかそれを決めるのは子供自身なのだと思います。

そもそも子供の意思に関らず出産する行為は、ある意味親のエゴといえないこともないのです。しかし、女性から出産する権利を奪うことは絶対にできません。私達は産み落とされてしまったのです。それならば、それを少しでも実りあるものにするのが最善の策ではないでしょうか。精子バンクの利用ならなおさら感謝すべきです。あなたは稀にみる天分の才能を持って生まれてこれたのですから。

そう考えてドロンにはこれ以上自分の出生に悩むことなく、笑顔で前向きに生きて欲しいと思います。

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コメント

いわゆる専門書には、一般の女性の意見は書いてないので、kotoの意見を聞けて、とっても有難く思います。本当にありがとう!!

「女性たちは少しでも条件のよい優秀な男性と結ばれることが、自分と自分の将来の子供の幸せと信じてこうした業者を利用するのではないのでしょうか。」という点から、精子バンクの利用を正当性を述べるのは、私としては納得できないんです。

いくらお見合い案内所を利用し、条件で結婚相手を選んでも、彼女達は結婚してから、相手と色々葛藤し、努力し、妥協し、共に歩むということはどういうことかを学んでいきます。

離婚の場合でも同じで、夫婦として対話的な関係があって、結果的にその崩壊を迎えるにしても、人間としての学びの場を避けては通れません。

ある理由からシングルマザーとして子供を育てることとなった場合も同じで、男性と同じ道を歩めなかったにしろ、そこには相手との深い関わりがありながらも、苦悩の上、選択せざるを得なかった経緯があるはずです。
(単に子供が欲しいという身勝手なシングルマザーも中にはいるでしょうが、私はそれは認めていません)


しかし、精子バンクを利用し、優秀な自分だけの子供が欲しいとする女性はどうでしょうか?そこには「物」対「人」の関係しかなく、完全な孤立した世界でのエゴが渦巻いています。そこに人としての学びの場はありません。

ドロンの母親がなぜ、ドロンの苦悩を理解しないのか、それは、人との関わりから学ぶという人生を送ってきてないからだと、私は思います。

ドロンにとって、父親が誰かわからないだけでなく、一番身近な存在の母親が、対話的な存在ではなく、独我的な存在であったのは悲劇としかいいようがありません。

しかし、子は母親だけでなく、回りの人間との関わりの中で、多くを学んで成長します。ドロンが苦悩しながらも、生き抜いてくれることを私は心から願ってやみません。

投稿 Yuki | 2008年5月 2日 (金) 21時23分

こうやって忌憚なく意見を言い合えるのは楽しいです。こちらこそ本当にありがとうsign01
ドロンは今、小学校の先生をしているそうです。たくさんの子供たちと関れるのがとても幸せそうで、子供たちと写っている写真の中ではとても笑顔だったのが記憶に残ってます^^

投稿 koto | 2008年5月 2日 (金) 22時34分

いや!長い!と思って飛び読みすると思うけど、ついつい気になって、全部読んだ、いや、やっぱり長い・・・
この問題を違う角度で見ますね。人間はみんな愚かで、見栄で、欲張りだと私が思っています。物は極めるたびに、滅びに導く。人間はいつも自然に対抗する、夏は暑くなるのは自然界が決めてるのこと、人間はそれ逆らうと思ってエアコンを作った、ただ肉を食いたいと思って、動物を過量の人工繁殖、物を浪費し、消耗、植物を大量切る、最後は何を得た?CO2(carbon dioxide)増やし、地球温暖化、夏は以前より暑くなり、南北の氷を溶かし、生態を破壊し、自然を乱れ、最後は人間自身が滅ぶのみ。これが自然に対抗しようとしたの結果、まだ分からないのか?
生殖技術これもまた自然に逆らうとしていた。人間の欲望は無限だ、いいものを手に入れたら、さらにいいものを、そしてよりいいものを。確かにそれこその進化、それこその進歩、だがな、それはただの50年や100年のことを考えている愚かな者たちの言い訳に過ぎぬ。もしこれが世界に納得され、普及する。世界、資源は有限なもの、だが人間の欲望は無限、ただいま、よりIQ高い子供を生み出そうとすることは紛れもないの証拠、何でIQ高くして欲しい?人から物を奪うためだ、世の中天才だらけと考えてみましょ、権力、利益、土地、資源の争いはさらに怖く、激しく、人は人を傷付け、貶めて、殺めて。まず家族や友人、社会、そして国、世界戦争、核戦争、いや、そのときは核よりもっと恐ろしい武器が生まれたでしょ・・・
ま、そのままじゃ生殖技術が普及する前に、地球温暖化だけでも、世界は滅ぼすだろう。放っておくがいい、心配ないない、そのとき私はもうこの世にいないしね

投稿 | 2008年5月 4日 (日) 04時13分

名無しさんの言う人間の本質は、2000年以上も前から分かっていることでした。だから人間は神の存在を誕生させたんじゃないかと私は思います。

聖書によると、神の精神は愛です。そして人間は神の愛に答える存在として生まれています。しかし人間はその愛を己に向けるようになった為、その人生は己を絶対化することに終始し、利己的な考えで罪業を繰り返し、魂の自由を失い実質的なものを追い求めるようになったとしています。

それでもなお神の精神は普遍的な愛であるため、未来永劫、人間が愛に答える存在であることに気づき罪を認めれば、魂の救済(自由)を与えるとも書かれています。

私がいいたいのは、人間は対話的存在でなければ破滅を迎えるということです。それは神に対して対話的あれと言ってるのではなく、神でも何でもいいから指針となる精神的拠所を持って、自己と向き合って内省しなければいけないってことです。

私達は、家族なり、隣人なり、自然なり、なんであろうと相手の状況を想像し、思いやり、どうあるべきかを問い続ける存在でなければ、己のエゴによって破滅を迎えます。全ての関係性あっての自分という点に気づかなければ、自殺して自ら人生を絶つか、煩悩に支配された奴隷として生きるしかないでしょう。

名無しさんが、自分が生きている間は大丈夫と結論づけていることは、人間に必要な関係性を否定し、独白的に煩悩の奴隷として生きていく言ってるのと同じですよね? 私は宗教に走るつもりはありませんが、そうならないように自己努力だけはしていきたいです。

投稿 Yuki | 2008年5月 4日 (日) 10時46分

これは再々考を書かねばなりますまいrock

投稿 koto | 2008年5月 4日 (日) 11時55分

いや、最後のあれは地球温暖化に対してのちょっと嫌味をもってな警告みたいな感じてみていて欲しい・・・
次は、神がどうかはさて置き、もっと現実に自然界のことに、繁殖は自然になるべく、IQを高めるためとかの何なかの目的で人間を作るはすべきことではないと、また人間は自然に犯すべきではないと私が主張している。もしこんなことが納得され、普及すると危険だと思う、最初はIQだけを求めるかも知りません、やがてDNA改造の技術も混入し、改造人、人造人のことに発展する可能性が、その危険性があると私が思うです。
私、神とかそういうのがちょっと疑問を持ってる、否定も肯定もするつもりはない。だからあえてそれを接触せず、もっと現実に、自然界だけを討論するなのです。人間の関係性を否定するつもりはありません、もし人間はみんな思い合う、愛し合う、信じあうと言うのなら、最善です。だが現実はそうではないと私は思うのです、もしこのまま発展するとあんまり過大すぎるの力になる、悪に利用される可能性が想像できる、善人が多いのか?悪人が多いのか?善人60:悪人40にしよう、それでも争いは起こすだと思う。この技術は本当に人間を幸せにさせられるでしょか?と言う疑問を持って、よって異論を申す立った。

投稿 | 2008年5月 4日 (日) 17時29分

『人間の関係性を否定するつもりはありません、もし人間はみんな思い合う、愛し合う、信じあうと言うのなら、最善です。だが現実はそうではないと私は思うのです』

実は、私も全くの同意見でした。人間は理性を生存のための武器として生きてきました。今更その唯一で地上最大の武器を捨て、愛を取り戻し、互いの関係性に気づいて、全体の調和の一部として自己を捉えて生きるなど、有り得るはずがないと思いました。


環境論と人間論というのを学んだ時に、どうすれば名無しさんが危惧するような事態を避けられるのか、私も随分と悩んできました。
自然界がどういう仕組みであるか科学的な証明でもって説明して、具体的にどういうことは駄目で、どういう範囲であれば許されるとか全て細かく定め、それに違反したら処罰とか?しかし、そんな議定書を作ったところで破るものと守るものとの論争の種にしかならないじゃないか。かと言って、法や倫理観というものは、科学の進歩と時代の思想と共に塗り替えられているし、古代からの知恵で人知を超えた神の存在によって自省を促そうとしても、普遍であるはずの神の言葉さえも、その時代の政治や思想によって歪められて利用されるだけだし、結局手がないじゃないか!

私が先に述べた、関係性に気づいて生きるしかないというのは、結局、一人ひとりの意識が変わらないと手のつけようがなく、人類の破滅を迎えるしかないってことを言ってます。よって名無しさんとさして変わらない意見のように思います。

投稿 Yuki | 2008年5月 4日 (日) 20時31分

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